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<title>若住職の気まま放談</title>
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<description>気ままに語ります、日記です。</description>
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<lastBuildDate>Tue, 22 May 2007 09:27:58 +0900</lastBuildDate>
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<title>純粋な心</title>
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<![CDATA[ 
　よく一般に、子どもは汚れ無き純粋な心を持って、それはとても尊いものだと<br />
されています。しかしそれは本当にそうなのでしょうか。<br />
<br />
　仏教の世界では六道輪廻という思想があり、その世界のひとつに餓鬼道とい<br />
う世界があります。この世界は食べ物が食べられないために、常に空腹感にさ<br />
いなまれ、地獄に次ぐ苦しさを味わわなければならない恐ろしい世界です。ま<br />
た餓鬼はもう一つの意味でも使われます。それは、いつも腹が減っていること<br />
から食欲という欲が満たされずに、常に心から欲望が離れないでいる状態。つ<br />
まり他をかえりみずに、自分の留まることをしらない欲望のままに生きる人の<br />
ことを皮肉を込めて｢あの人はまるで餓鬼だ｣と言うことがあります。また子ども<br />
を悪く言う場合の｢ガキ｣も同じ意味です。<br />
<br />
　また人の道を歩むということは簡単な善悪論ですまないことが多々あり、そ<br />
れを乗り越えて様々な経験をして大人になるということは｢自分は悪いことはし<br />
たことがない｣とは、まれにいう人もいますが｢自分は善いことしかしたことがな<br />
い｣とは誰もいわないでしょう。生真面目な人ほど、この過去にに対する経験の<br />
後ろめたさというものがあり、時に大人として子どもを呵るのをはばかることが<br />
あります。<br />
<br />
　しかし、お釈迦さまは｢人間の尊さは生まれによって決まるのではなく、その<br />
人がどれだけ人生において経験(悩んだか)によって決まる｣とおっしゃいまし<br />
た。すなわち、年齢を重ねなければ人としての本当の価値が表れないというこ<br />
とです。<br />
<br />
　身は年を取るごとに衰えても、心は年を取るごとに研ぎ澄まされて曇りなきも<br />
のになっていく。私もそんな風に考えられることができるように年を取っていき<br />
たいものです。<br />

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<pubDate>Tue, 22 May 2007 09:27:58 +0900</pubDate>
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