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<title>若住職の気まま放談</title>
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<description>気ままに語ります、日記です。</description>
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<lastBuildDate>Sat, 16 Jan 2010 10:22:11 +0900</lastBuildDate>
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<title>阿修羅</title>
<link>http://youkokuji.net/blog_2/displog/428.html</link>
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<![CDATA[ 
　　最近、捕鯨反対派の過激組織「シー・シェパード」が話題となっています。<br />
その「シー・シェパード」を見るたびにどうしても私は、怒り駆られた闘いの神、<br />
阿修羅とダブって見えてしまいます。阿修羅はもともと善神でしたが、理不尽<br />
にも自分の娘が、帝釈天に拉致されてしまいました。その事に怒りに燃えた阿<br />
修羅は娘を取り戻すため帝釈天に闘いを挑みますが。しかし、帝釈天にどうし<br />
ても勝つことができませんでした。そして娘を取り返すために，何度も何度も闘<br />
いを挑み、長い間、闘いに明け暮れました。そうしているうちに、しだいに我を忘<br />
れ、闘いに勝つ事だけに心を囚われ、激しい怒りの感情だけに支配され闘いに<br />
明け暮れるようになりました。それが修羅道といわれるものです。<br />
　<br />
　私が阿修羅と「シー・シェパード」がダブって見えるのは、捕鯨反対派の気持<br />
ちは分からなくも無いからです。僧侶としたら鯨の命を大切にする彼らを応援<br />
しなければならない立場かもしれません。しかし、私は他の魚や牛、豚などは<br />
良くて鯨の命だけ大切にという事には疑問を感じます。また最近「シー・シェパ<br />
ード」は過激さを増していってます。これはの世論を味方に付けるためのアピ<br />
ールと思われますが、その過激さがかえって世間に疎まれる原因になっていく<br />
ような気がします。それは、ちょうど阿修羅が善神から悪神になって疎まれるよ<br />
うに。<br />
 <br />
　そして、私が対として思い当たるのは「たゆまぬ対話と努力」をし続けている<br />
北朝鮮の拉致被害者家族の方々です。どんな状況でも心を折らず、活動して<br />
いる姿は「怒りで心が煮えたぎっても修羅にはならない。」そんな毅然としたも<br />
のを感じます。<br />
 <br />
　興福寺の国宝の阿修羅像は天平の美少年として人気があります。その阿修<br />
羅像は、仏に諭され心を改めた時の「自分は、何一つ間違った事をした覚えが<br />
無いのに、どうして、狂気の悪神となってしまったのだろう。」という表情をとらえ<br />
たものです。その憂いを含んだ表情は昔から日本人の心をとらえ、今でも戒め<br />
となって心の底で息づいている。拉致被害者家族の方々の姿を見るとそう感じ<br />
ずにはいられません。<br />
<br />
<br />
参考資料<br />
『from ９１１/ＵＳＡレポート』　第440回 「クールジャパンの悲劇と再生」<br />
　冷泉彰彦　　　：作家<br />
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1875.html<br />

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<pubDate>Sat, 16 Jan 2010 10:20:11 +0900</pubDate>
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