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<title>若住職の気まま放談</title>
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<description>気ままに語ります、日記です。</description>
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<lastBuildDate>Sun, 02 Jul 2006 12:05:13 +0900</lastBuildDate>
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<copyright>copyright(c) 2006 kakujou</copyright>
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<title>悩む心　２</title>
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<![CDATA[ 
　たとえば、ある人が占い師に占ってもらいました。しかし、結果がとても悪く<br />
「将来に災いあり」とのことでした。そして「もし災いを避けたいのならば私の言<br />
うこと聞きなさい」と占い師に言われました。でも占ってもらった人は「所詮、占<br />
いだから」と信じませんでした。しかし、占ってもらった結果は心の隅に引っか<br />
かります。この心の隅に引っかかるというのが、まさに将来の可能性に対する<br />
完全否定ができないということなのです。そしてもし、数ヶ月後にその人がケガ<br />
でもしたとしたら、その人はどう思うでしょう？きっと占い師の言う事が現実にな<br />
ったのは、自分が言うことを聞かなかったからに違いないと思わずにはいられ<br />
ない衝動に駆られます。しかし、これは不思議なことではありません。<br />
<br />
　私たちは普段意識しませんが、原因と結果というものを常に気にしています。<br />
また、この因果関係が判らないと、何となく頭がモヤモヤしてスッキリしませ<br />
ん。ですから私たちは自分の判る範囲で理由を探します。ときには半ば強引な<br />
理由付けをしてでも心を落ち着けようとします。よってケガの原因を「占い師の<br />
言うことを聞かなかったから」と結びつけてしまうことがあるのです。<br />
<br />
　ここで言っているのは、けっして占いが悪いということではなく、占っている人<br />
たちの中にも、人を励まし生きる勇気を与える方も沢山いますし、私もよく朝テ<br />
レビでやっている「占いの今日の運勢」を見て、今日も一日頑張ろうという気に<br />
もなります。ただ物事の判断はそんなに簡単にできるものではなく、本当に悩<br />
む心を落ち着けたいのならば、今はよく判らないことでも考え続けることが肝<br />
心、とお釈迦さんは言いました。現実問題として、心の悩みは悩むことでしか<br />
解決しません。また、これは矛盾しているように思われるかもしれませんが、悩<br />
み過ぎることもまた良くありません。この辺りの加減というのも難しく経験によっ<br />
てでしか学べません。<br />

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<comments>http://youkokuji.net/blog_2/displog/53.html#comments</comments>
<pubDate>Sun, 25 Jun 2006 13:26:42 +0900</pubDate>
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<title>悩む心</title>
<link>http://youkokuji.net/blog_2/displog/52.html</link>
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<![CDATA[ 
 悩む心、これは誰もが持っています。これをよくよく分析すると、ほとんどは将<br />
来に対しての悩みに帰着します。<br />
　たとえば、<br />
・　今ある生活を向上させたい、そのためにはもっとお金持ちになりたい。<br />
・　自分の美しさに磨きをかけたい、いつまでも美しくいたい、年をとりたくない。<br />
・　いつまでも人生を楽しみたい、病気をせずに健康で長生きをしたい。<br />
・　もっと色々な経験をしたい、自分の能力を高めたい。<br />
これらの事は、今以上にと、すなわち自分の未来に対しての自分自身の要求<br />
です。他の動物には自分の将来に対して、そのような要求はありません。これ<br />
は人特有のものです。<br />
<br />
　また、この未来に対してはあらゆる事が考えられることができ、人々はこれを<br />
「可能性」と呼んでいます。この可能性と言われるものは、実は答えがありせ<br />
ん。ですから誰が何を言おうが、完全な否定ができません。これが重要なこと<br />
です。<br />

]]>
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<comments>http://youkokuji.net/blog_2/displog/52.html#comments</comments>
<pubDate>Sat, 24 Jun 2006 14:34:59 +0900</pubDate>
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<title>お経とは</title>
<link>http://youkokuji.net/blog_2/displog/51.html</link>
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<![CDATA[ 
 では、その悩む心を治す薬とは？実はこれは特効薬が無いのです。ですから、<br />
お釈迦さんは一人、一人患者（悩み苦しんでいる人）を見て、どんな風にしたら良<br />
いかを考えて教えを説きました。よって、お釈迦さんの教えは、説いた人によって<br />
教えが変わる（真理が変わるのではなく相手が理解できるように話すという意味）<br />
対機説法というものでした。<br />
　今は、そのお釈迦さんの教えはお経として残され、僧侶は修行、勉強をして悩ん<br />
でいる人に合ったお経（教え）を見つけて説くというのが僧侶の役目です。<br />
 
]]>
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<comments>http://youkokuji.net/blog_2/displog/51.html#comments</comments>
<pubDate>Mon, 19 Jun 2006 08:53:20 +0900</pubDate>
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<title>お釈迦さまの時代と現代</title>
<link>http://youkokuji.net/blog_2/displog/50.html</link>
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<![CDATA[ 
　お釈迦さまが、なぜ仏教を開いたかと言いますと、その原因は生老病死であり、<br />
年を取る（老ける）のが嫌、病気になるのが嫌、死ぬのが嫌、何でこんな嫌な世界<br />
に生まれたんだろうと悩み、何とか解決しようと修行をしたことが始まりでした。<br />
<br />
　現代においても未だ、これらの問題は根本的に解決できていません。その証拠<br />
に、これらの話題は人々の関心が高く、たとえば健康、エステ、老化防止、難病<br />
に対する薬など、その手の商品はブームが来る度に飛ぶように売れます。しか<br />
し、新しい商品ブームが出ると古い商品は一気に売れなくなります。すなわち、こ<br />
れらだけでは、問題解決ができないということを意味しているのです。だったら何<br />
が足らないのでしょうか?<br />
<br />
　昔、お釈迦さまは、それらの悩む心を治す薬が足らないのではないかと考えま<br />
した。それが仏の教の始まりです。<br />

]]>
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<comments>http://youkokuji.net/blog_2/displog/50.html#comments</comments>
<pubDate>Tue, 13 Jun 2006 09:13:31 +0900</pubDate>
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