若住職の気まま放談
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初めまして、然阿といいます。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。

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2007/08/09
生命
人にとって老化しない、死にたくないというのは、誰にでも心の片隅にある願望
だと思います。しかし、実際には年を取るし、死にもします。しかし、実は命が
生き残って行くために作った生命のシステムに他ならないのです。道具を使い
続けていればそのうち悪くなるように、体も使い続ければ骨がすり減ったり、足
腰が痛んだりします。また、いろいろな要因で体の様々な所も悪くなります。生
命は永遠に命を、その体ひとつで維持していくことが不可能であることを知って
います。したがって、生命は次のような方法をとりました。それは「同じものを作
って命を分ける」というものです。具体的にいえば人は子どもをつくることであ
り、樹木でば実をつくり子孫をつくるということです。

こうやって言うと、よく「年寄りは早く死んで、若い者のジャマをするな、というこ
とか!」と年配の方が気分を悪くし、怒りますが、そうではありません。先ほど
言ったように「同じものを作って命を分ける」すなわち「命を分ける」ということは、
自分の両親や祖父母、そのずっと先の先祖から、子ども、孫、曾孫の後の永
劫の子孫まですべてが、実は自分自身ということなのです。こうしてしっかりと
考えれば、同じ自分同士(ちょっと変な言い方ですね)大切にしあい、少しでも
長く一緒に居たいと思うのが当然であります。現代では「親、子どもが自分自
身?」と、不思議な感覚を覚えるかもしれませんがしかし、こういう考え方は日
本人には古くから、実はなじみ深い考えなのです。

伊勢神宮に二十年に一回、ご遷宮というものがあります。これは「全ての社殿
と鳥居を建て替え、神宝なども造り替え神体を遷す」ということが繰り返し行わ
れており、このことは、まさに生命の営みを古来の日本人が理解し、真似てい
たことに他ならないのです。
しかし現代、自分という認識が狭くなり、親は自分には関係ない。子どものため
に自分の生活を変えたくないなど、いろんなことを言う人が増えてきています
が、もう一度、古来の日本人が培ったものを見直し、自分自身というものが何
なのかを見つめ直す時が来ているのではないでしょうか。
posted at 2007/08/09 23:13:13
lastupdate at 2007/08/09 23:13:13
修正