| 2010 / 01 «« ■ »» |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
閲覧
オンライン状況
ご挨拶
初めまして、然阿といいます。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。
サイトコンテンツ
RSS & Atom Feed
Pickup Photo!
2006/06/19 :: お経とは
では、その悩む心を治す薬とは?実はこれは特効薬が無いのです。ですから、
お釈迦さんは一人、一人患者(悩み苦しんでいる人)を見て、どんな風にしたら良
いかを考えて教えを説きました。よって、お釈迦さんの教えは、説いた人によって
教えが変わる(真理が変わるのではなく相手が理解できるように話すという意味)
対機説法というものでした。
今は、そのお釈迦さんの教えはお経として残され、僧侶は修行、勉強をして悩ん
でいる人に合ったお経(教え)を見つけて説くというのが僧侶の役目です。
では、その悩む心を治す薬とは?実はこれは特効薬が無いのです。ですから、
お釈迦さんは一人、一人患者(悩み苦しんでいる人)を見て、どんな風にしたら良
いかを考えて教えを説きました。よって、お釈迦さんの教えは、説いた人によって
教えが変わる(真理が変わるのではなく相手が理解できるように話すという意味)
対機説法というものでした。
今は、そのお釈迦さんの教えはお経として残され、僧侶は修行、勉強をして悩ん
でいる人に合ったお経(教え)を見つけて説くというのが僧侶の役目です。
all photo
最近の記事
カテゴリー
■ 阿修羅 (1)
■ 木魚 (1)
■ チベット (1)
■ 十王 (1)
■ 心 (1)
■ 自分とは (1)
■ 純粋な心 (1)
閲覧ランキング
検索
«« no data |
main |
no data »»
«« カテゴリ内前記事(no data) |
自分とは |
カテゴリ内次記事(no data) »»
2007/08/09
生命
[自分とは]
人にとって老化しない、死にたくないというのは、誰にでも心の片隅にある願望
だと思います。しかし、実際には年を取るし、死にもします。しかし、実は命が
生き残って行くために作った生命のシステムに他ならないのです。道具を使い
続けていればそのうち悪くなるように、体も使い続ければ骨がすり減ったり、足
腰が痛んだりします。また、いろいろな要因で体の様々な所も悪くなります。生
命は永遠に命を、その体ひとつで維持していくことが不可能であることを知って
います。したがって、生命は次のような方法をとりました。それは「同じものを作
って命を分ける」というものです。具体的にいえば人は子どもをつくることであ
り、樹木でば実をつくり子孫をつくるということです。
こうやって言うと、よく「年寄りは早く死んで、若い者のジャマをするな、というこ
とか!」と年配の方が気分を悪くし、怒りますが、そうではありません。先ほど
言ったように「同じものを作って命を分ける」すなわち「命を分ける」ということは、
自分の両親や祖父母、そのずっと先の先祖から、子ども、孫、曾孫の後の永
劫の子孫まですべてが、実は自分自身ということなのです。こうしてしっかりと
考えれば、同じ自分同士(ちょっと変な言い方ですね)大切にしあい、少しでも
長く一緒に居たいと思うのが当然であります。現代では「親、子どもが自分自
身?」と、不思議な感覚を覚えるかもしれませんがしかし、こういう考え方は日
本人には古くから、実はなじみ深い考えなのです。
伊勢神宮に二十年に一回、ご遷宮というものがあります。これは「全ての社殿
と鳥居を建て替え、神宝なども造り替え神体を遷す」ということが繰り返し行わ
れており、このことは、まさに生命の営みを古来の日本人が理解し、真似てい
たことに他ならないのです。
しかし現代、自分という認識が狭くなり、親は自分には関係ない。子どものため
に自分の生活を変えたくないなど、いろんなことを言う人が増えてきています
が、もう一度、古来の日本人が培ったものを見直し、自分自身というものが何
なのかを見つめ直す時が来ているのではないでしょうか。
だと思います。しかし、実際には年を取るし、死にもします。しかし、実は命が
生き残って行くために作った生命のシステムに他ならないのです。道具を使い
続けていればそのうち悪くなるように、体も使い続ければ骨がすり減ったり、足
腰が痛んだりします。また、いろいろな要因で体の様々な所も悪くなります。生
命は永遠に命を、その体ひとつで維持していくことが不可能であることを知って
います。したがって、生命は次のような方法をとりました。それは「同じものを作
って命を分ける」というものです。具体的にいえば人は子どもをつくることであ
り、樹木でば実をつくり子孫をつくるということです。
こうやって言うと、よく「年寄りは早く死んで、若い者のジャマをするな、というこ
とか!」と年配の方が気分を悪くし、怒りますが、そうではありません。先ほど
言ったように「同じものを作って命を分ける」すなわち「命を分ける」ということは、
自分の両親や祖父母、そのずっと先の先祖から、子ども、孫、曾孫の後の永
劫の子孫まですべてが、実は自分自身ということなのです。こうしてしっかりと
考えれば、同じ自分同士(ちょっと変な言い方ですね)大切にしあい、少しでも
長く一緒に居たいと思うのが当然であります。現代では「親、子どもが自分自
身?」と、不思議な感覚を覚えるかもしれませんがしかし、こういう考え方は日
本人には古くから、実はなじみ深い考えなのです。
伊勢神宮に二十年に一回、ご遷宮というものがあります。これは「全ての社殿
と鳥居を建て替え、神宝なども造り替え神体を遷す」ということが繰り返し行わ
れており、このことは、まさに生命の営みを古来の日本人が理解し、真似てい
たことに他ならないのです。
しかし現代、自分という認識が狭くなり、親は自分には関係ない。子どものため
に自分の生活を変えたくないなど、いろんなことを言う人が増えてきています
が、もう一度、古来の日本人が培ったものを見直し、自分自身というものが何
なのかを見つめ直す時が来ているのではないでしょうか。
posted at 2007/08/09 23:13:13
lastupdate at 2007/08/09 23:13:13
【修正】