若住職の気まま放談
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初めまして、然阿といいます。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。

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2007/11/28
閻魔さん
 古い中国の言い伝えには十王信仰があります。これは初七日、二七日…七七、四十九
日、百日日、一周忌、三回忌で計十回、十人の裁判官による裁きがあるというもので
す。ですから七日、七日や年忌というものも、このような意味で昔から行われてきました。

 この中で五七日の裁判を受け持つのが、かの有名な閻魔大王であります。閻魔大王
は、もともとインドのヤマという、人類で一番はじめの人で、それ故、死んだのも一番
はじめです。そのことから死者の国の王様ということになっていました。そして死者の
王という強い立場から、しだいに人々から死者を裁く者と考えられるようになました。
私たちがよく知っている、浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)で死者と一緒にその人が、
どのような良いこと悪いことを行ってきたかを見るという、閻魔さんになりました。

 しかしなぜ、と思いませんか。閻魔さんが一番偉いのに五七日という中途半端な場所
にいるのかというのは。それは、実は閻魔さんの性格に原因があるんです。この閻魔さ
んはもともとは死者の王にふさわしく、死んで一番はじめの初七日の裁判官でした。し
かし、あのようなとても恐ろしい顔をしていますが、以外なことに情にもろいんです。

 ある時、母親が子供を産み産後のひだちが悪く、運悪く死んでしまいました。そして
閻魔さんの前で必死に「生き返って赤ちゃんを抱きたい、抱きたい」と泣いて嘆願する母
親に負けて、思わず生き返らせてしまう。というようなことがあったそうです。しか
し、それは厳正な裁判を行わなければならない、裁判官としては失格であり、そのため
五番目の裁判官に格下げされたそうです。五七、三十五日もたてば、もし閻魔さんが生
き返らせようとしても、もう戻るべき体が無くなっているからです。このような話を聞
くと、何だか閻魔さんに私たちが今まで持っていた、恐ろしいばかりのイメージとは随
分違うような気がしますね。
posted at 2007/11/28 9:17:05
lastupdate at 2007/11/28 9:17:05
修正