若住職の気まま放談
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初めまして、然阿といいます。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。

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2008/01/25
仏教寓話 医者の話
 つい先日、インターネットで映画を見ました。デュエリストという韓国映画で、その
中にお釈迦さんが言った譬え話がでてきました。

その話は金持ちの長者が何者かに毒矢を放たれて傷を負い、お医者さんが駆けつけて治
療をしようとします。ところがその長者はよほど腹が立ったらしく「誰が何のために自
分に毒矢を放ったのか」の方が気になって、周りの者に問いただします。しかし当然、
誰もそれを知る者はいません。それでも気が収まらずに、矢を放った犯人を捕まえてき
て、ここに連れてくるように命じます。そんなことより一刻も早く治療をした方がい
い、との周りの説得も聞かずに意地を張って犯人を連れてくるまで手当はしないと、頑
として治療を拒んだ。というお話です。

 この話を私は10年以上前から知っていますが意味が分かりませんでした。みなさんも
少し考えてみたら感じると思いますが、毒矢を受けて死にそうになっている人間が、生
るか死ぬかという人間がそんな「誰が何のために自分に毒矢を放ったのか」を気にするこ
とが果たしてできるでしょうか。そんな状況、私だったらまず「助かりたい」と思って治
療を受けるでしょう。そしてほとんどの人が私と同じで、すぐに手当を受け助かりたい
と思うことでしょう。ですからこの話が、どうも腑に落ちない私の心に引っかかり続け
ていました。そして今回、映画でこの譬えを政治になぞらえて以下のように話していま
した。

「国のえらい人はあの政策が悪い、あそこが悪い、ここが悪いと」そんな理屈を言ってく
だらないことばかりをし、結局、国政が悪化しているのに有効な手を打てない。

 これは私がその内容を意訳したものですが、これを聞いたときは何だか10年来、心に
つかえていたものがスーッととれたような気がしました。今の日本の政治問題において
も首を傾げたくなるような討論がテレビや国会で繰り返されています。そんな思いのあ
る中でこのような言葉を聞くと「あっ、なるほど」と納得できました。
 お釈迦さんの言いたかったこと、それは「毒矢を受けて死にそうになっているのは人
であり、限りある命です。人生はあっと言う間に過ぎ去ります。そんな事実に目を背け
てどうでもいいことにこだわり、無駄に人生を費やていませんか。しかしそれでは長者
と同じで現在、自分の置かれている状況を理解していないことと同じです。ですからお
医者さんの治療のように、今本当に自分にとって大切なことは何なのかを考えて行動し
なければならないですよ」ということなのではないでしょうか。
posted at 2008/01/25 10:23:16
lastupdate at 2008/01/25 10:23:16
修正