若住職の気まま放談
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仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。

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2010/01/16
阿修羅
  最近、捕鯨反対派の過激組織「シー・シェパード」が話題となっています。
その「シー・シェパード」を見るたびにどうしても私は、怒り駆られた闘いの神、
阿修羅とダブって見えてしまいます。阿修羅はもともと善神でしたが、理不尽
にも自分の娘が、帝釈天に拉致されてしまいました。その事に怒りに燃えた阿
修羅は娘を取り戻すため帝釈天に闘いを挑みますが。しかし、帝釈天にどうし
ても勝つことができませんでした。そして娘を取り返すために,何度も何度も闘
いを挑み、長い間、闘いに明け暮れました。そうしているうちに、しだいに我を忘
れ、闘いに勝つ事だけに心を囚われ、激しい怒りの感情だけに支配され闘いに
明け暮れるようになりました。それが修羅道といわれるものです。
 
 私が阿修羅と「シー・シェパード」がダブって見えるのは、捕鯨反対派の気持
ちは分からなくも無いからです。僧侶としたら鯨の命を大切にする彼らを応援
しなければならない立場かもしれません。しかし、私は他の魚や牛、豚などは
良くて鯨の命だけ大切にという事には疑問を感じます。また最近「シー・シェパ
ード」は過激さを増していってます。これはの世論を味方に付けるためのアピ
ールと思われますが、その過激さがかえって世間に疎まれる原因になっていく
ような気がします。それは、ちょうど阿修羅が善神から悪神になって疎まれるよ
うに。

 そして、私が対として思い当たるのは「たゆまぬ対話と努力」をし続けている
北朝鮮の拉致被害者家族の方々です。どんな状況でも心を折らず、活動して
いる姿は「怒りで心が煮えたぎっても修羅にはならない。」そんな毅然としたも
のを感じます。

 興福寺の国宝の阿修羅像は天平の美少年として人気があります。その阿修
羅像は、仏に諭され心を改めた時の「自分は、何一つ間違った事をした覚えが
無いのに、どうして、狂気の悪神となってしまったのだろう。」という表情をとらえ
たものです。その憂いを含んだ表情は昔から日本人の心をとらえ、今でも戒め
となって心の底で息づいている。拉致被害者家族の方々の姿を見るとそう感じ
ずにはいられません。


参考資料
『from 911/USAレポート』 第440回 「クールジャパンの悲劇と再生」
 冷泉彰彦   :作家
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1875.html
posted at 2010/01/16 10:20:11
lastupdate at 2010/01/16 10:22:11
修正