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初めまして、然阿といいます。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。
仏教について知らないことが沢山あり、まだまだ勉強中の身ですが、「仏教を現代人の感覚で」を目標にお話ができればと思います。
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2006/06/24 :: 悩む心
悩む心、これは誰もが持っています。これをよくよく分析すると、ほとんどは将
来に対しての悩みに帰着します。
たとえば、
・ 今ある生活を向上させたい、そのためにはもっとお金持ちになりたい。
・ 自分の美しさに磨きをかけたい、いつまでも美しくいたい、年をとりたくない。
・ いつまでも人生を楽しみたい、病気をせずに健康で長生きをしたい。
・ もっと色々な経験をしたい、自分の能力を高めたい。
これらの事は、今以上にと、すなわち自分の未来に対しての自分自身の要求
です。他の動物には自分の将来に対して、そのような要求はありません。これ
は人特有のものです。
また、この未来に対してはあらゆる事が考えられることができ、人々はこれを
「可能性」と呼んでいます。この可能性と言われるものは、実は答えがありせ
ん。ですから誰が何を言おうが、完全な否定ができません。これが重要なこと
です。
悩む心、これは誰もが持っています。これをよくよく分析すると、ほとんどは将
来に対しての悩みに帰着します。
たとえば、
・ 今ある生活を向上させたい、そのためにはもっとお金持ちになりたい。
・ 自分の美しさに磨きをかけたい、いつまでも美しくいたい、年をとりたくない。
・ いつまでも人生を楽しみたい、病気をせずに健康で長生きをしたい。
・ もっと色々な経験をしたい、自分の能力を高めたい。
これらの事は、今以上にと、すなわち自分の未来に対しての自分自身の要求
です。他の動物には自分の将来に対して、そのような要求はありません。これ
は人特有のものです。
また、この未来に対してはあらゆる事が考えられることができ、人々はこれを
「可能性」と呼んでいます。この可能性と言われるものは、実は答えがありせ
ん。ですから誰が何を言おうが、完全な否定ができません。これが重要なこと
です。
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2006/07/15
正しい事でも
[正しいことでも]
先日、バスに乗っていると、一人のおじいちゃんが満員の狭い中をかき分け
て前の方に移動してきました。その途中で、私にぶつかり、かなり強くぶつかっ
てきたので、私は思わずおじいちゃんの方へ振り向きました。そしたら目線が
偶然合ってしまい、凄い形相でにらまれてしまいました。私は少し気分を害さ
れましたが、狭い中、人同士がぶつかることは珍しくないので、それ以上考え
ませんでした。
そして、そのおじいちゃんはバスの先頭まで行き、席に座っている学生と思わ
れる人の前にツカツカと寄って立ちました。そして「学生が年寄りが立っている
のに何で席を譲らないんだ!」といきなり怒鳴りつけました。しかし、座っている
人は無言で席を譲りませんでした。それに腹を立てたおじいちゃんは、ますま
す怒鳴り続けましたが、完全に無視を決め込まれたので今度はバスの運転手
に矛先を向けて、「何でもっと年寄りに席を譲れと言わないんだ!」と当たりま
した。これにはバスの運転手も困った様子で、「モラルの問題で自主的なもの
ですから」とすまなそうに言いますが、なかなか引き下がりませんでした。運転
手も途中から聞き流して結局、そのおじいちゃんは席を譲ってもらえませんで
した。
どうでしょう?おじいちゃんの言っていることは確かに正しい道徳です。では
何故、こんなにおじいちゃんは不愉快な思いをしたのでしょう。それは、おじい
ちゃんが周りの人を不愉快にしたからです。人の心には感情があります。いく
ら正論を言われても納得するように話しかけてくれなければ、理解できたとして
も納得できません。現に人にぶつかっても反対に、にらむような人に優しく接す
るというのは、よほどの人格者でなければできないと思います。今回、人を説
得する時の態度や言葉の重要性や難しさなど、あらためて感じた出来事でし
た。
今回は若い人が席を譲らなかったですが、ちょくちょくお年寄りに席を譲る若い
子を見受けます。ですから、このおじいちゃんが言うほど、若い人のモラルが
低いとは、私は思わないです。悪しからず、
て前の方に移動してきました。その途中で、私にぶつかり、かなり強くぶつかっ
てきたので、私は思わずおじいちゃんの方へ振り向きました。そしたら目線が
偶然合ってしまい、凄い形相でにらまれてしまいました。私は少し気分を害さ
れましたが、狭い中、人同士がぶつかることは珍しくないので、それ以上考え
ませんでした。
そして、そのおじいちゃんはバスの先頭まで行き、席に座っている学生と思わ
れる人の前にツカツカと寄って立ちました。そして「学生が年寄りが立っている
のに何で席を譲らないんだ!」といきなり怒鳴りつけました。しかし、座っている
人は無言で席を譲りませんでした。それに腹を立てたおじいちゃんは、ますま
す怒鳴り続けましたが、完全に無視を決め込まれたので今度はバスの運転手
に矛先を向けて、「何でもっと年寄りに席を譲れと言わないんだ!」と当たりま
した。これにはバスの運転手も困った様子で、「モラルの問題で自主的なもの
ですから」とすまなそうに言いますが、なかなか引き下がりませんでした。運転
手も途中から聞き流して結局、そのおじいちゃんは席を譲ってもらえませんで
した。
どうでしょう?おじいちゃんの言っていることは確かに正しい道徳です。では
何故、こんなにおじいちゃんは不愉快な思いをしたのでしょう。それは、おじい
ちゃんが周りの人を不愉快にしたからです。人の心には感情があります。いく
ら正論を言われても納得するように話しかけてくれなければ、理解できたとして
も納得できません。現に人にぶつかっても反対に、にらむような人に優しく接す
るというのは、よほどの人格者でなければできないと思います。今回、人を説
得する時の態度や言葉の重要性や難しさなど、あらためて感じた出来事でし
た。
今回は若い人が席を譲らなかったですが、ちょくちょくお年寄りに席を譲る若い
子を見受けます。ですから、このおじいちゃんが言うほど、若い人のモラルが
低いとは、私は思わないです。悪しからず、
posted at 2006/07/15 18:41:25
lastupdate at 2006/07/15 21:48:31
【修正】