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・ 伝来 ( 箱底墨書概意 )
この涅槃像は元々は「田谷寺」の什物で、院主の成栄阿闍梨、大勧進の重祐阿闍梨、小勧進の重泉坊が、永享5年(1433)10月5日に施入。
( この趣旨が古軸にあったのを書き写した萬治4年《寛文元年.1661》までおおよそ229年か。) 田谷寺のあった所は書き付けを失っているので現在ではわからない。
養國寺の什物になったのは、天正3年(1575)2月吉日のことであった。 同6年(1578)7月に住持の如翁(但し太導の事か)勧進願主は、舜慶と要虎、小勧進の諸旦那は僧俗の男女の中から出て表幅師牛田金蔵が、古軸の通り箱書きを書写した。
元和5年(1619)2月、前住の道翁文教の代に表幅し終わ
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